次の御門、孝謙天皇と申しき。聖武天皇の御女。御母、不比等の御女、光明皇后におはします。天平勝宝元年己丑七月二日、位に即き給ふ。御年三十一。世を知り給ふ事、十年なり。御弟に東宮おはしましゝかども、神亀五年に御年二歳にて亡せ給ひにしかば、この御門、位を継ぎおはしましき。天平勝宝元年十月二十四日に東大寺の大仏を鋳奉りをはりにき。三年の程、八度といふに事果てにしなり。十一月に八幡の宮、託宣し給ひて、十二月に筑紫より京へ移りおはしましき。梨原に宮造りして祝ひ奉りしなり。七日丁亥、東大寺供養侍りき。行幸ありき。又聖武天皇は太上天皇とて同じくこの供養にあはせ給ひき。八幡の宮もおはしましき。めでたく侍りし事どもなり。皆人知り給へる事どもなり。天平勝宝四年三月十四日に東大寺の大仏に初めて黄金を塗り奉りき。四月九日、万僧を請じて供養し奉り給ひき。今年ぞかし。道鏡内へ参りて如意輪法を行ひ給ひし程に、やうやう御門の御覚え出で来始まりしなり。弓削の法皇と申ししはこの人なり。宝字二年、御門、位を東宮に譲り奉り給ひて、太上天皇と申しき。