水鏡 - 第46代 聖武天皇

 次の御門、聖武天皇と申しき。文武天皇の御子。御母、不比等の御女、皇太后宮の御子なり。養老八年二月四日、位に即き給ふ。御年二十五。世を知り給ふ事、二十五年なり。年号を神亀とかへられにき。二年と申ししに唐土より柑子の種を持て来たれりき。これより初めてこの国には出で来初めしなり。三年と申しし七月に太上天皇例ならずおはしましゝ御祈りに、御門、山階寺の内に東金堂をば建て給ひしなり。その年、行基菩薩山崎の橋を造りて、その上に法会を設けて供養し給ひしに、にはかに大水出でゝ、流れ死ぬる人多かりき。四年と申しし三月二十日、初瀬は供養せられしなり。行基菩薩其の導師にておはしき。天平五年七月に盂欄盆は始まりしなり。同六年正月十一日に光明皇后、御母の橘の氏の御ために山階寺の内に西金堂を建て給ひき。同七年、吉備の大臣、唐土に留められて、日月を封じたりければ、十日ばかり世の中暗くなりにけり。この事を占はしめけるに、「日本国の人を留めて帰さゞるによりて、秘術をもちて日月を隠せるなり」と申しければ、この国へは帰り来たれりしなり。同十二年九月に大宰少弐広継と申しし人は、宇合の子におはす。その人一万人の兵をおこして、御門を傾け奉らんと謀り奉るといふ事聞えて、大野東人といふ人に国々の軍一万七千余人を相具して、八幡の宮に祈り申して戦はしめに遣はす。十一月に御門、伊勢太神宮に行幸し給ひてこの事を祈り申し給ひしに、この月十一日に肥前国松浦の郡にて少弐鎮まり給ひしところなり。今、鏡の宮とておはします。同十三年六月戊寅の日の夜、京中の条々に飯降りて侍りき。同十四年十一月に陸奥に赤き雪降りて侍りき。十五年十月十五日、近江の信楽京にて東大寺の大仏を始め給ひき。同十七年八月二十三日に東大寺の大仏の座を築き始め給ふ。同十九年九月二十九日、大仏を鋳奉り給ふ。同二十年正月に陸奥より金九百両を奉れりき。日本国に金出で来る事、これより始まれりき。これによりて四月十八日に、年号を天平感宝元年とかへられにき。されどもこの年号はやがて又かはりにしかば、年代記などには入り侍らざるなり。七月二日、位を去りて、御髪下ろして太上天皇とぞ申し侍りし。御年五十にならせ給ひしなり。