水鏡 - 第28代 継体天皇

 次の御門、継体天皇と申しき。応神天皇第八の御子、隼総別皇子と申しき。その御子を大迹王と申しき。その御子を私斐王と申しき。又その御子に彦主人の王と申しし王の子にて、この御門はおはしましゝなり。御母、垂仁天皇の七世の御孫、振姫なり。丁亥の年二月に位に即き給ふ。御年五十八。世を知り給ふ事、二十五年。武烈天皇亡せ給ひて後、位を継ぎ給ふべき人なきことを、大臣をはじめて一天下の人嘆きて、「仲哀天皇の五代の御孫、丹波国におはすと聞ゆ。かの王を迎へ奉りて、位に即け奉らん」とて、司司、御迎へに参りしを、はるかに見やりて、怖ぢ恐れ、色を失ひて、山中に隠れ給ひて、その行き方を知らずなりにき。かくて、明くる年の正月に、越前国に応神天皇の五代の御孫の王おはすといふ事聞えて、又、司司、御迎へに参りたりしに、この王、驚く御気色なくして、あぐらに尻をかけて、御前に候ふ人々、畏まり敬ひ奉る事、公のごとくなりき。この御迎へに参りたる人々、いよいよ畏まりて、事の由を申しき。王、このことを疑ひ給ひて、空しく二日二夜を過させ給ひき。御迎への人々、重ねて、大臣の迎へ奉るよし、事の有様を申し侍りし時に、京へ入り給ひしなり。さりながらも位を受け取り給はざりしかば、大臣をはじめてあながちに勧め奉りしかば、つひに位に即き給ひしなり。この御時、都遷り三度ありき。