次の御門、仁徳天皇と申しき。応神天皇第四の御子。御母、皇后仲姫なり。葵酉の年正月己卯の日、位に即き給ふ。御年二十四。世を知り給ふ事、八十七年なり。この御門の御弟を東宮と申ししかば、すべからく位を継ぎ給ふべかりしに、兄に譲り申し給ひしかども、たがひに継ぎ給はずして、空しく三年を過ぐさせ給ひしかば、東宮みづから命失ひ給ひにき。御門このことを聞こし召して、かの東宮へ急ぎおはしまして、泣き悲しみ給ひしかどもかひなくて、その後、位に〔は〕即かせ給ひしなり。四年と申しし二月に高き楼に登りて御覧ぜしに、民の住処賑ひて御覧ぜられければ、御門詠ませ給ひし。
高き屋に登りて見れば煙立つ民のかまどは賑ひにけり
四十三年と申しし九月にぞ鷹の鳥をとるといふ事を知りそめて、狩、始め給ひし。五十五年と申ししに、武内の大臣亡せ給ひにき。年二百八十にぞなり給ひし。六代の御門の御後見をして、大臣の位にて二百四十四年ぞおはせし。六十二年と申ししに、氷すうることは出で来始めて、今に至るまで供御にそなふるなり。この御門、〔御〕容貌よにすぐれて、御心ばえめでたくおはしましき。